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のけものけもののひとりごと
おもいっきり じぶんのはなし ばっか
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 諸君、私は悲しい!
 我が子が不純物へと混ざるのが 我が子が不純物へと転じるのが
 我が子をこの手で殺すのが

―――著者不明:「人であらざる我が子へ奉げる言葉」




 「用意は出来た? 忘れ物はない? トイレに行った?」
 「神様にお祈りは? 覚悟は出来た?」

 「ガタガタ震えて跪いて命乞いをする準備はOK?」

 ロキの死刑宣告に、血で汚れた床にへたり込んでいる中年男は何やら喚いた。それに耳を貸す事無く、俺は引き金を引いた。
 耳慣れた銃声。弾丸は猫の額ほどの彼の眉間に赤黒い穴を開ける。彼、否彼だったモノは大きく音を立てて後ろへ倒れこんだ。

 「―――ズルいな」
 中年男の死体に向かって体を直角に前に倒し、ロキは俺を見た。
 「何がズルいだこの阿呆」
 「阿呆とは何だ阿呆」軽く言い返したロキ。この日の当たりの悪い、古臭い研究所の中に居てもコイツの白髪はキラキラと光る。「大体、僕が止めを刺すに決まっているだろう」
 「お前は空気が読めないのか。空気が読めるように、空気を食べてしまえ。吸うんじゃあないぞ薄らハゲ」
 「誰がハゲだ。お前は形式を重んじすぎる。こんな下らない事やってる暇あったらさっさと始末する!」
 俺はその言葉と共に、ヤツの銀細工のような繊細な顔を殴ってやった。―――この、どんな暗いところでも光る白髪と、情熱には程遠い暗い色をした緋色の双眸を持つ、無駄に顔の良いロキに鉄拳を下す事が出来るのは恐らく俺だけだろう。そんな考えを頭の片隅に置いて、俺は気紛れにもう一発、今度はヤツの脳天に鉄拳をお見舞いさせた。
 「痛いなあ、もう」ぷう、と年甲斐もなく頬を膨らませたロキ。
 「何が“もう”だ。野郎が気色悪い」
 そう言い捨てて、俺は改めてこの古臭い研究所内を眺めた。

 元は白かったのか、今では気味の悪い灰へと染まったコンクリの壁。虚無感を感じさせる程に広い室内。その室内の四方の壁に沿うように、巨大な筒がある。恐らく、中には実験体やら何やら、固形も液体もバリエーションも様々なモノが入っていたのだろう。よくよく筒の周囲を観察すれば、無数の硝子片が落ちている。
 「あー…何見てんの」
 俺の視線の向こうにあるのが気になったのか、ロキも俺と同じ方向を見る。
 「硝子片が、外側に向かって飛び散っているね」
 「……嫌な予感を感じさせることを言うな」俺はふうっと溜息を吐きながら言った。

 「大丈夫」
 ロキは静かに言った。
 「その予感、当たってるから」

 黒光りする“童子切り”の刃が俺の頭上を掠める。はらりと落ちてきたのは俺の赤毛と、見知らない茶色の毛。遅れて赤い液体が俺の顔に飛び散り、俺は咄嗟に身を翻し、襲ってきた獣の姿を見る。
 うううごおおおおおるるるあああああ
 獣が大きく吼えた。
 「ソフィ、ここって、何してたトコでしたっけ」
 「確か、非合法に色々造ってた所だ!」
 俺達に襲い掛かってきたのは、五頭の狼。そのうちの一頭は腹から、血とともに可愛らしいピンク色の何かを出していた。―――どうやら、先程俺に襲い掛かってきたのはコイツらしい。
 「―――それって、遺伝子組み換えとかも」
 「無論だタコ!」
 会話もそこそこに、俺とロキは二手に分かれる。手負いの狼と、五頭の中で一番図体のデカい狼がロキの元へ。後の三頭は俺の元へ。おいおい、やめてくれよ三頭も。
 ぐるるるるううううあああああ
 狼の声を合図に、俺達は得物をかまえた。

 「―――ッ畜生!」
 眼が赤く光る狼が、牙を向けてやってくる。元は凛とした光を放っていたであろう、高尚な狼の面影は最早ない。赤い双眸にあるのは狂気。時々その眼から自我の光が灯り、直ぐに消える。
 俺は怒りとか、憐憫とか、そんなものを捨てて彼らに銃口を向けた。
 左右から口を開けて飛び掛る狼。その口を狙い、俺は右手にある“エリス”と左手にある“アビス”の引き金を引いた。
 耳慣れた銃声と、反動。飛び散る狼の血。体はどうっと大きな音を立てて落ち、ひくひくと足を痙攣させた。それも直ぐになくなり、吹っ飛んだ頭にある目の光は消えた。
 最後に残った一頭が、俺を見て低く唸る。
 「―――来いよ。俺が救ってやる」
 狼に言葉が判るかどうかはさっぱり判らなかったが、俺は素っ気無く狼に言った。一方、狼は俺の不敵な態度が鼻についたのか、涎を撒き散らしながら飛び掛ってきた。……速い!
 避けられなかった俺は、咄嗟に左腕を出して顔を守った。顔は守られたが、その代わりに腕に狼の歯が深く食い込む。
 ミシィ、と骨の軋る嫌な音が聞こえる。
 「―――ッ」
 どうしよう、これは予想以上に痛い。これは腕が持って行かれるのを覚悟した方が良いだろう。
 
 痛みに耐えながら大きく深呼吸。
 目を閉じて、覚悟を決める。

 「――――」

 ザシュッという肉を切ったような音。それに序で、濡れた音が聞こえた。
 目を開けると、そこには麗人、ロキがいた。
 「どう? 僕って格好良い?」そう言って、ロキは最大業物“童子切り”を血振いし、背中に背負った鞘に納めた。
 「……莫迦」
 無事な右手でエリスの引き金を引いた。ロキの背後に迫っていた一頭の狼が息絶えるのを確認し、俺はフン、と鼻で笑ってやった。
 「うーん、どっちもどっちっつーことで」
 苦笑し、ロキは白い顔についた血を拭いつつ、俺の左腕を見た。「あーあ、腕」
 「パックリいっちゃったね」確かに、狼の鋭い牙で俺の左腕はパックリ割れて、中の肉を見せていた。
 「ロキ、首は取ったか?」
 俺が問うと、ロキは中年男の首を笑顔で俺に見せた。「ばっちし」
 「……」
 「これを依頼人に渡せば良いんだよなー?」
 「ああ。それで仕事は終わりだ。……ところで」俺は気になったことを指摘する。「首を大事そうに抱えるのは辞めてくれ」正直言って、気持ち悪い。美形の男が、陶磁のような白い肌に血をつけて、両手で苦悶の表情の生首を大事そうに抱える―――それは、シュールを通り越して気味が悪い絵だった。

***

 「感謝する」
 黒いフードの奥から、掠れた声が礼を言った。
 「いえ、仕事ですので」俺はそう言いながら、小箱を差し出す。依頼人はそれを受け取り、小さく、微かに唸った。
 「……我が眷属の恨み、一族総出で晴らしてくれる」
 物騒な言葉が聞こえたが、俺はそれを無視し、依頼料を請求する。「さて、報酬の事ですが―――」
 「皆まで言うな、此処にある」依頼人がそう言うと、後ろから一人の女が出てくる。その女は依頼人とは違い、フードを被らずに獣人である証の耳を晒していた。
 「我々は貴様等の金を持たぬ。代用品として一族にある財宝の一部を持ってきた」
 女が、麻で出来た袋を俺に渡す。俺はそれを受け取り、腰が砕けた。
 「……どうした?」俺の動きを不審に思ったのか、依頼人が怪訝な声を出す。
 「なんでもありません」笑って応えたが、実際そうでもなかった。こんなに重いものを片手で持つとは―――女であっても、獣人は怪力だ。
 「その腕」依頼人が、応急手当てとして包帯を巻いただけの俺の左腕を見る。
 「我が眷属の刃でやられたか―――」
 気まずくなって、俺は無意識に左腕を右手で摩る。

 「すまない」

 「―――いえ」俺は目を伏せ、応える。一呼吸し、気持ちを切り替え、早口で何時もの言葉を言う。
 「我が社の御利用、有難う御座います。またの御利用お待ちしております」そう言うや否や、俺は依頼人に背を向けた。
 「……」
 
 暫くして、後ろで狼の遠吠えが風に乗って聞こえた。
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日本の南にポツネンとある島在住。
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