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日常という微温湯に浸かっていると
嘗てのあの日が懐かしく思える 過日を思い出すたびに自分の罪深さを感じて 死にたくなる ―――コディ=ムルクアン:「束の間の非日常」 エリスの調子を見る序でに、俺は左腕を医者に見てもらった。 「これは酷い。…何をしたんですか?」 「ちょっと、犬に噛まれてしまってね」 俺の応えに医者はそうですか、と訝しげに頷いて、では縫いましょうかと偉く明るい声で言った。 「先生は、あれですか?」俺の問いにはい? と返す医者。 「人の皮膚とか縫うの、好きな人ですか」 「ええ、まあ」即答だった。俺は不安気な視線を医者に寄越した。するとその意味を理解したのか、医者は慌てて、 「大丈夫ですよ! 私、これでも裁縫得意ですから!」 と言った。布と皮膚では厚さが違う。……二重の意味で。 変わった医者に腕を縫われた後、俺はエリスの病室へと向かった。 「入るぞ、エリス」一応ノックして入ったものの、中にいる住人は返事はしない。それはいつもの事で、俺は気にせずに病室へと足を踏み入れた。 「エリス―――」 無数の管に白い体を侵食された、俺の美しい妹。俺と同じ赤髪と、白い瞼に覆われてもう見ることが出来ない、俺と同じ銀灰色の瞳。 昏睡状態の、俺のたった一人の愛しい妹。 俺はエリスの眠るベッドに歩み寄り、美しい赤髪を一房掬い取る。俺の指と指の間を流れていく糸のように細い髪。 「エリス、ここ一週間忙しかったよ」 一週間の間に起った出来事を休みなく語り、語り終えた後、俺はエリスの仄かに赤い頬を撫でた。 「――――」 *** 方舟に描かれた贋物の空が、今日も美しい。人工の太陽が道行く人々を照らし、今日も人々は安穏の日々を歩む。それが“クデュキネア”通りの何時もの光景だった。 そんな通りの中に、小ぢんまりとした花屋が一軒在る。始めてから三年の店に掛かる看板は汚れ一つなく、「ミロワール」と店の名を宣伝していた。 「失礼仕るよー」 花の香で一杯の店内に、間の抜けた声と来訪を告げるベルが響く。声の主は返事を期待せずに遠慮無しに店内へと足を運ぶ。歩を進めるたびに、さらりと艶のある白髪が靡く。その美しさは花も劣り、先程の間の抜けた声でさえも美しい。 「あ、いた」 声の主は、カウンターで読書に励んでいる花屋の店主を見つけた。店主は突然の美しき来訪者を一瞥しただけで、すぐに本に視線を戻し、一言。 「帰ってください」 「帰らん」 辛辣な一言を即座に切り返し、来訪者は何処かから椅子を引っ張り出し、座る。 「………よくもまあこんなに図々しくなりましたね、ロキ」 「君にだけは言われたくないなあ、ミシェル」 不穏な空気が流れる中、睨みあう二人。暫くして、フンと鼻で笑って店主―――ミシェルが目を逸らした。 「今日はソフィは一緒じゃないんですか?」本を静かに閉じた後、ミシェルは両肘を立て、組んだ手の上に顎を乗せて聞いた。 「あとから来る」と、花を玩びながらロキは応えた。玩ばれている花をロキの手から奪い取り、ミシェルは赤い淵の眼鏡の奥にある、翠色の目でロキを睨む。 「商品で遊ばないでください」 「いいじゃん、どうせ客こねぇだろ」 「黙れ」 二人の仲が再び悪くなって来たとき、突如ロキが奇声を上げて前に突っ伏した。 「煩いですねえ……」そう呟いて、眉間に皺を刻むミシェル。一方で、突然己の腰に突撃してきたモノの正体を掴もうとするロキ。 「ロキちゃんお久しぶりなのー!」 「リリィ?!」 ロキの腰に突撃したのは、獣人の少女リリィだった。獣人の特徴でもある羊の角と耳を隠すために帽子を被っているが、彼女の帽子はズレて右耳がピコッと出ている。「えへへー」と笑いながら前へ回ってきたリリィを捕まえると、ロキはその帽子を直してやった。 「耳、出てたよ」 「わー! 大変、何時から出てたのー?」 「知らねぇー」 きゃっきゃとはしゃぐ少女と、その相手をする美しい男というまるで一枚の絵画のような光景を静かに鼻で笑いながら、ミシェルはふと窓の外を見た。 「―――あ」無意識にそう呟くミシェル。 その呟きから直ぐに、ベルがなった。 PR この記事にコメントする
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