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のけものけもののひとりごと
おもいっきり じぶんのはなし ばっか
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 花を育てるには、良い土と水
 それと日の光が必要

 特に日の光は重要で
 光の有無によって どんな花になるのかが左右される

 そんなおはなし







 物心ついた時から私は檻の中にいた。
 随分歳の離れた姉は、白くて綺麗な足首に不釣合いな足枷をかけられて、毎夜の如く現れる淫らな蝶に甘い蜜を吸われ、その花弁を散らしていた。
 その時分の私は酷くちんちくりんで、花というよりも雑草で、姉の檻を監視する役目を仰せつかっていた。
 
 (―――姉さんは毎夜、よくも死なないものだ)

 淫靡な花の喘ぎ声と卑猥な蝶の羽ばたきを聞きながら、私はよくそう思った。
 今夜も、月は綺麗だった。

 それはもう、憎たらしいまでに。

***

 姉が、逃げ出した。
 どうやら一昨日の客に頼み込み、逃げ出すのを助けてもらったようだった。
 私は、「お前がついていながら何故逃げた! もしやお前も助けたわけではなかろうな!!」と折檻を受けた。
 火責め水責め。解けた蝋を背に受けても、冷たい水で体を冷やされ、鞭で打たれても私は逃げた姉のことを考えた。

 (―――我が姉ながら、何を考えているんだか)

 「×××ちゃん、大丈夫?」
 赤くなった私の背に薬を塗りながら訊ねてきたのは、光太郎という一人の少年だった。
 彼と私はそうそう歳が変わらず、彼の父親が伎楼に来る度に、私は彼と遊んでいた。
 「―――大丈夫だよ、光さん」礼を言いながら、私は晒していた背を煌びやかな着物で隠した。

 「×××ちゃん、おれが大人になったら、君を檻から出して、外の光を見せてあげる」
 「―――いいよ、別に」

 今更、檻の外へ出たくなかった。

***

 暫くして―――私も檻の中へと入れられ、足枷をかけられた。
 先月死んだ、姉の後釜だった。

 檻に入れば現れるのは淫乱な蝶ばかり。
 花である私の蜜を吸うばかりで、水や光なんて一切与えやしない。

 (―――さっさと終われば良いのに)
 
 淫乱な蝶を悦ばせるには、声を出さない事だった。声を出さず、責めに責められた挙句に、辛抱溜まらなくなったように声を漏らす。そうすれば蝶は喜び、事も早く終わる。
 今日も明日も明後日も明々後日も、私は檻の中で花を散らす。それが死ぬまでずっと続くものだと思っていた。
 けれどもそんな私の思い込みは、とある店の大旦那と名乗る男によって終わった。

 「お前を買ってあげる」
 事が終わった後の、温い時間の事だった。男は隣に寄り添う私の頬を手の甲で撫ぜながら言う。「お前は若くて美しいし、私を裏切らない」
 「裏切らないなんて、本当に思っているんです?」
 「……お前は可愛くないね。でも、私はそんなところが好きだよ」
 「物好きですね」
 私の足枷は外され、檻は久方ぶりに開いた。

 私は檻を出され、枷によって赤くなった足を癒すために何時もより念入りに風呂に入れられた。湯に浮かぶ薔薇の花弁を摘み、私は何気なしに食べてみた。
 
 (―――一時しか綻ばない花なんて、何処が良いのだろう。蝶の気が知れない)

 薔薇の花弁は甘く、咽るような淫らな香りをさせていた。
 湯から上がると、今度は全身に軟膏を塗られる。顔、首、肩、胸、下腹部、足―――。ぬるりとした感触にまで敏感に反応してしまう自分が、何だかとても罪深いように思えた。けれども、その罪悪感は誰に対してなのかは判らなかった。判らない方が良いと思った。
 軟膏を塗られた後は髪を梳かされる。細かい櫛で念入りに梳かれ、もう好い加減疲れてきた。

 「×××ちゃん―――!」

 その時、彼がやって来た。息が荒く、肩を大きく上下させている辺り、大方私が買われることに驚いたのだろう。彼はじっと私の顔を見つめ、哀しそうに目を伏せた。
 
 「おめでとう―――」「―――よかったね」「あの大旦那は良い人だから―――」「―――きっと幸せに」

 
 「そうだね」

***

 「綺麗だ」
 とある店の大旦那がそう言って私の髪を一房掴んだ。手の平に納まった私の髪に、男は接吻した。
 「行こうか」男はそう言って私の肩を抱き、檻の連中に頭を下げた。

 私は生まれて初めて牛車というものに乗った。中は狭かったけれど、中に入る私を気遣ったのか、車の壁や床には美しい絵が描かれていた。でも私はそんなものには見慣れていたから直ぐに飽きた。
 
 (―――外が見たい)

 「外が見たいのかい? さあ、見て御覧」
 男は私の様子を察したのか、小窓を開けてくれた。外には人が沢山居て、ゆっくりと動く煌びやかな牛車に目を見張っていた。
 「おお、綺麗な人じゃ」「おっかあ、あの女の人とても白くて綺麗だね」「凄いな」
 色々な人が、色々な事を言っているのが判る。

 (―――あ)

 人ごみの中に、彼を見つけた。彼は満面の笑みで私を見ていた。否、ただ牛車を見ていただけかもしれない。こんなに人が居て、こんなに遠いのに、彼の姿だけは鮮明に見える。
 彼が、なにやら口を動かす。

 さ よ う な ら 。 し あ わ せ に ね 。

 そう言っている様に見えた。
 彼は、何を言っているのだろう。莫迦、じゃないのか。

 (―――日の光がない場所では、花は育たないのに)

 「泣いているのかい?」
 男が黙ったままの私をおかしく思ったのか、問うてきた。
 「―――いいえ、なんでもありません。…ただ、」
 「ただ?」

 「ここは日の辺りが良いなあ、と思いまして」
 「そうか」
 そう言って、男は笑った。



 

檻の中の光
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